現在、障害者を支援する上では、施設や事業所、在宅での訪問サービス等々、多種多様な支援メニューが用意されています。

 

それで十分かというと、まだまだ対応すべき課題が山積していますが、ここまでの制度が組み立てられるまでには、行政と当事者団体の駆け引きや衝突など、様々な動きが背景にあります。

 

また、障害者福祉の制度変遷については、比較的日本より進んでいる諸外国の動向にも大きな影響を受けています。

 

ここでは、日本におけるこれまでの「障害者福祉の歴史」について、主に制度の変遷に焦点を当てて解説していきたいと思います。

戦後の障害者福祉

現在に通じる障害児・者福祉に関する制度は、第二次世界大戦後から整備され始めました。

 

1946年には終戦直後の全国民的な窮乏状態への対応として旧生活保護法が、1947年には戦災孤児に代表される児童福祉問題への対応として児童福祉法が、そして1949年には「身体障害者福祉法」が制定されました。

 

制定時の身体障害者福祉法は、医療や訓練によって「職業再生」の可能な障害者を法の対象としており、障害の程度が重い全身障害者が対象から外されていた他、内部障害者も法の対象に規定されていませんでした。

 

内部障害者

身体障害者福祉法制定当時、内部障害者は法の対象に含まれていませんでしたが、1967年の身体障害者福祉法改定により、心臓、呼吸器の機能障害が対象に加えられることで、身体障害の種類に内部障害が位置づくこととなりました。

 

なお、近年では2010年に肝臓機能障害も内部障害として身体障害者福祉法の対象となりました。

 

知的障害者

知的障害者については、18歳以上の知的障害者に対応する福祉法が整備されるには、1960年の「精神薄弱者福祉法」を待たねばなりませんでした。

 

その間、1952年には精神薄弱者育成会(現在の「全日本手をつなぐ育成会」)という親の会が結成され、そこでは「精神薄弱者のための法的措置の整備や職業補導施設の設置」等が運動目標として掲げられていました。

 

また、1958年には同会により、名張育成園という知的障害児・者施設が開所しています。

 

精神障害者

精神障害者については、1919年の「精神病院法」を経て1950年に「精神衛生法」が成立しました。

 

これにより、自傷他害のおそれのある精神障害者の措置入院制度が設けられます。

措置入院とは?
精神保健及び精神障害者福祉に関する法律では、第29条に「都道府県知事による入院措置」として規定されています。措置入院とは、都道府県知事がその者を入院させ保護しなければ自傷他害のおそれが生じたと認めた場合、2名以上の精神保健指定医による診察を経て、精神科病院に入院させることを指します。このとき、本人や保護者による同意を得なくとも、都道府県知事により入院させることができます。

 

以降、政府は精神病床の増床に向けた政策誘導を行い、精神科病院の設置や運営経費の国庫補助、精神科病院における医療・看護基準の特例(精神科においては医師数は他科の3分の1、看護師数は3分の2でよいとするもの。)を設けました。それにより、精神病床は大幅に増加することとなります。

 

高度経済成長期の障害者福祉

1960年に「精神薄弱者福祉法」(1998年に現行名称である「知的障害者福祉法」に改称)と「身体障害者雇用促進法」が制定されました。

身体障害者雇用促進法とは?

現在の障害者雇用促進法です。法制定当時は身体障害者のみが対象でしたが、1987年に現行名称に改称され、知的障害者が対象に位置づけられました。その後、2006年の同法改正で、精神障害者福祉手帳を有する精神障害者も法の対象となっています。

 

しかし、制定時の精神薄弱者福祉法において定められた福祉の措置は、精神薄弱者福祉司(現在の知的障害者福祉司)による指導、精神薄弱者援護施設への入所、職親委託でした。

 

1963年に、水上勉による重症心身障害児を抱えた親の苦労について著された論考「拝啓池田総理大臣殿」が『中央公論』誌に掲載され、話題を呼びました。

 

当時、高度経済成長を背景にした産業構造の変化や核家族化の進行により、家族の扶養・介護能力の低下が問題視され始めていました。

 

しかし、重い障害のある人が在宅で暮らすにも、それを下支えする福祉制度がほとんど整備されていなかったのです。

 

そうして、この頃から大型の障害者施設を増やす機運が高まります。

 

1965年には首相の諮問機関である社会開発懇談会がコロニーの設置を提言し、当時の厚生省に「コロニー懇談会」が設けられることとなりました。

コロニーとは?

一般的には植民地を意味する言葉ですが、障害者福祉においては郊外などに建設された大規模収容の入所施設を指します。

精神衛生法については、1964年ライシャワー事件を機に、一層の精神病床の増床と精神病者への入院措置をはかるための改正法が1965年に施行されます。

 

ライシャワー事件とは?

1964年、ライシャワー駐日米国大使が統合失調症の未成年者によって襲われ、重症を負った事件。

自傷他害の程度が著しい精神障害者への緊急措置入院制度が設けられるとともに、通院医療費公費負担制度が新設される等の改正がなされました。

 

施設福祉の推進

入所施設を造っていくという流れが、1970年代以降にさらに強まっていきます。

 

1970年には社会福祉施設緊急整備五カ年計画が策定されました。

 

計画では特に高齢者や重度の身体障害者や知的障害者とその重複する心身障害者の入所施設整備が目指されました。

わが国は近時の著しい経済成長の結果、今や経済の規模は先進国中でもほぼ最高水準に達し、国民の生活水準も著しい向上を示し、いわゆる「豊かな社会」への道を歩みっつある。しかしながら、こうした経済的繁栄の反面、社会的ひずみともいうべき現象が各方面に顕在化しており、就中、社会福祉施設の立遅れは著しいものがある。

1970年代は人間尊重が叫ばれ、内政重視が国政の重要課題となっているが、このような時に社会福祉施設を整備し、その立遅れの解消を図ることこそ、まさにこの政治課題にこたえるものである。

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※引用元:『社会福祉施設の緊急整備について(抜粋)』国立社会保障・人口問題研究所

 

また、同年には「心身障害者対策基本法」が施行されます。

心身障害者対策基本法とは?

各省庁が所管する障害者関連の個別法律を指導する文字どおり障害者施策に関する基本的な法律として、今から40年以上前の1970年の5月に、各党各会派一致の議員立法により成立しました。

 

これは各省横断した施策展開が必要であるとの認識から制定された法であり、後の障害者基本法へとつながるものです。

1970年代の国外の動き

このように国内では、この時期施設入所政策が中心にとられる状況にありました。

 

しかし国際的な動向を見れば、国連において、

・「知的障害者の権利宣言」(1971年)

・「障害者の権利宣言」(1975年)

が採択された時期と重なります。

 

特に、障害者の権利宣言では、障害者が障害の種類や程度にかかわらず、同年齢の市民と同等の、そして可能な限り通常のかつ充分満たされた相当の生活を送ることができる権利を有するという、ノーマライゼーション理念に沿った規定がなされています。

 

そうした障害者の権利を意識した流れは、1981年の国際障害者年につながっていくこととなります。

 

国際障害者年の影響とその展開

障害者権利宣言の趣旨を具体化するため、国連は1981年を国際障害者年としました。

 

「完全参加と平等」をテーマに、障害者問題の啓発や障害者福祉先進諸国の例が日本にも多く紹介されました。

 

北欧諸国から端を発したノーマライゼーション理念が日本に積極的に紹介されたのも、国際障害者年を契機としています。

 

その後、1982年に国連は障害者に関する世界行動計画を採択し、その後1983年から1992年を国連・障害者の10年と位置づけています。

 

「国連・障害者の10年」中の動き

この10年間における、主な動きを取り上げます。

在宅福祉

在宅福祉については、1967年に身体障害者家庭奉仕員制度、1970年には心身障害者家庭奉仕員制度ができていました(家庭奉仕員とは現在の居宅介護従事者等を指します)。

 

当時の派遣対象は所得税非課税世帯に属し、かつその家庭が身体障害者の介護を行えない者と規定していました。

 

そして、1982年には同制度は大幅に改定されることとなります。利用者負担の導入により、課税世帯を含み派遣対象が拡大し、派遣回数も拡充しました。

 

所得保障

所得保障については、1986年に障害基礎年金制度が実施され、20歳前に障害が生じている者についても障害基礎年金が支給されるようになりました。

 

精神保健福祉

精神保健福祉については、1984年の宇都宮病院事件への反省が法や施策の方向性を転換することとなりました。

宇都宮病院事件とは?

入院患者が看護人の虐待により死亡した事件です。こうした院内での反人権的な処遇の実態とともに、他科に比較し精神科の人員配置が低い水準であることなど、精神医療の問題が明るみに出ました。

 

精神障害者の人権擁護と社会復帰の促進を目指して、1987年には精神衛生法が廃止され、「精神保健法」が成立しました。同法により、任意入院制度、精神障害者社会復帰施設、精神保健指定医制度等が規定されたのです。

任意入院制度とは?

本人の同意に基づき精神科病院に入院する形態のことです。精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第22条に規定されています。

精神障害者社会復帰施設とは?

2006年障害者自立支援法施行までは、障害種別に応じて社会福祉施設が体系化されていました。かつての精神障害者福祉においては、生活訓練施設(援護寮)、福祉ホーム、授産施設、福祉工場、地域生活支援センターを総称して精神障害者社会復帰施設としていました。しかし、障害者自立支援法により施設体系が再編されることで、精神障害者社会復帰施設という総称はなくなり、また各施設も障害者自立支援法に応じて名称及び内容の変更されることとなりました。

精神保健指定医制度とは?

実務経験や研修課程の修了によって職務を行うのに必要な知識や技能を有すると認められる者を、厚生労働大臣が精神保健指定医と指定するものです。任意入院において入院を継続するかどうかの判定や、医療保護入院や措置入院にあたり入院が必要かどうかを判定するのが精神保健指定医の役割です。

 

社会福祉八法関係とは?

1990年、「老人福祉法等の一部を改正する法律」が成立し、「社会福祉関係八法」が改定されました。

 

八法とは、

・社会福祉事業法(現在の社会福祉法)

・老人福祉法

・児童福祉法

・精神薄弱者福祉法 (現在の知的障害者福祉法)

・身体障害者福祉法

・母子及び寡婦福祉法

・老人保健法

・社会福祉・ 医療事業団法

のことです。

 

高齢化社会の到来に備え、住民に身近な市町村で在宅・施設福祉サービスを一元的、計画的に提供する体制づくりを目指す意図がありました。

 

改正の内容について、身体障害者福祉法では、ホームヘルプ、デイサービス、ショートステイといった在宅福祉サービスを法定化するとともに、これまで都道府県が行なっていた町村在住者の施設入所決定事務等が町村に移管されました。(市部は1987年からすでに実施していました。)

 

これにより、市町村において在宅サービスと施設サービスが一元的に提供されることとなったのです。

 

知的障害者福祉法では、ホームヘルプ・デイサービス・ショートステイなどの在宅サービスとともにグループホーム(知的障害者地域生活援助事業)が法定化され、法定施設に精神薄弱者通勤寮や精神薄弱者福祉ホームが加えられました。

 

しかし知的障害者の福祉に関する事務が都道府県に残されたままであった点は、身体障害者福祉とは異なります。

 

障害者基本法の制定と障害者プラン

1993年には、これまでの心身障害者対策基本法を大幅に改定し、「障害者基本法」が成立しました。

 

これは障害に関係する省庁を横断した障害福祉施策推進のための法です。

 

障害者基本法が重要であるのは、一つに精神障害者を「障害者」として法に位置づけたことです。

 

これまで中心的には精神医療・保健の対象として捉えられてきた精神障害者でしたが、障害者基本法の制定を契機に福祉サービスの対象としても位置づけられるようになりました。(1995年には 精神保健法から現行法である「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」へと改正されています。)

 

もう一つは、国・都道府県・市町村で障害者基本計画の策定を規定したことです。

 

法制定当時、計画策定について都道府県と市町村は努力義務でしたが、都道府県は2004年に、市町村は2007年から義務化されています。

 

国は1993年に既に策定していた「障害者対策に関する新長期計画」を、1993年度から2002 年度末までの障害者基本計画と位置づけました。

 

それとともに、障害者基本計画の実現に向け、具体的な数値目標でもって計画化する「障害者プランーノーマライゼーション7か年戦略」が1995年12 月に策定されました。

 

障害者プランは1996年度から2002年度末までに達成すべき目標を数値化したものであり、それは高齢者施策ゴールドプラン(1989年)、児童家庭福祉施策のエンゼルプラン (1994年)と並んで、社会福祉施策を計画的に推進する方向性を示すものでした。

 

介護保険制度の創設

21世紀の日本の障害福祉施策は、2000年に創設された「介護保険制度」に大きな影響を受けています。

 

介護保険制度とは、保険料を支払えば所得に関係なくサービスを受けられる制度です。

 

40歳以上の国民が保険料を払い、65歳以上の高齢者、ならびに40歳以上の加齢に伴う障害のある人が介護保険サービスを受けられます。

 

サービス利用時にはその1割~3割を負担することが求められます。また介護保険料収入と同額の公費を投入することで、十分な給付を保証しようという制度設計がなされています。

 

保険者は市町村です。サービスの必要性については要介護認定という判定基準で判断されますが、その基準額の範囲内であれば、利用者は自らが使いたいサービス事業所を選択できる、という選択権が保障されています。

 

また、サービス内容のコーディネートは介護支援専門員が原則として行います。

要介護認定とは?

要介護状態や要支援状態にあるかどうか、その中でどの程度かの判定を行うのが要介護認定です。認定調査員による認定調査及び主治医意見書に基づくコンピュータ判定(一次判定)を行います。 また、この一次審査の後、保健・医療・福祉の学識経験者により構成される介護認定審査会により、一次判定結果、主治医意見書等に基づき審査判定(二次判定)を行います。

介護支援専門員とは?

ケアマネジャーとも呼ばれています。介護保険法では、要介護者又は要支援者からの相談に応じ、その心身の状況等に応じ適切な居宅サービス、地域密着型サービス、施設サービス、介護予防サー ビス又は地域密着型介護予防サービスを利用できるよう市町村、事業所等との連絡調整等を行う者であって、介護支援専門員証の交付を受けたもの、とされています。

 

「保険あってサービス無し」の事態を避けるため、福祉サービスを民間事業所に解放する規制緩和も行なっています。

 

さらに、制度開始から5年ごとに見直すことも法の中に規定されています。

 

社会福祉基礎構造改革とは

この介護保険制度の創設に合わせて、社会福祉事業、社会福祉法人、措置制度など社会福祉の共通基盤制度に関する抜本的な見直しが行われました。

 

それが、社会福祉基礎構造改革(社会福祉事業法等改正法案大綱骨子)です。

 

身体障害者福祉法、知的障害者福祉法、児童福祉法も、その法改正の対象となりました。

 

この社会福祉基礎構造改革は、

①個人の自立を基本とし、その選択を尊重した制度の確立

②質の高い福祉サービスの拡充

③地域での生活を総合的に支援するための地域福祉の充実

の3つが理念として目指されました。

 

個人の自立を基本とし、その選択を尊重した制度

①に関しては、行政処分により支給内容を決定する措置制度から、利用者が事業者との対等な関係に基づきサービスを選択する「利用契約制度」へと転換が目指されました。

 

自己決定能力の低下した知的障害者や認知症の人にも契約制度を導入するため、利用者保護の観点から、介護保険の施行とあわせて、「成年後見制度」「地域福祉権利擁護事業」が創設されました。

成年後見制度とは?

認知症・知的障害・精神障害などの理由で判断能力の不十分な人の中には、不動産や預貯金などの財産管理や、福祉サービスに関する利用契約を自分でするのが難しい場合があります。また、自分に不利益な契約であってもよく判断できずに契約を結んでしまい、悪徳商法の被害にあう恐れもあります。このような判断能力の不十分な人を保護し、支援するのが成年後見制度です。

地域福祉権利擁護事業とは?

認知症高齢者、知的障害者、精神障害者等のうち判断能力が不十分な方が地域において自立した生活が送れるよう、利用者との契約に基づき、福祉サービスの利用援助等を行うものです。現在では 日常生活自立支援事業と名称変更されています。

 

また、利用者の苦情や意見を幅広く汲み上げ、サービスの改善を図る観点から、第三者が加わった施設内における苦情解決の仕組みが導入されました。

 

質の高い福祉サービスと地域福祉の充実

②について、サービスの質を評価する第三者機関の育成が、③については、障害者の通所授産施設の要件を緩和し、社会福祉法人の設立を促進することや、市町村・都道府県において地域福祉計画を策定することが求められました。

地域福祉計画とは?

福祉サービスを必要とする地域住民が日常生活を営み、社会、経済、文化、その他あらゆる分野の活動に参加する機会を与えられるようにすることを目的とした行政計画です。

 

障害者福祉サービスにおいてはこの社会福祉基礎構造改革の具現化として、利用者の立場に立った制度を構築するために「支援費制度」に2003年度により移行することが決まりました。

 

支援費制度とは

2003年に開始した支援費は、介護保険と同じような、「利用契約制度」に基づいたサービス提供を行なうことになっていました。

 

その骨格は以下の通りです。

①障害者福祉サービスの利用について支援費支給を希望する者は、必要に応じて適切なサービス選択のための相談支援を受け、市町村に支援費支給の申請を行う。

②市町村は、支給を行うことが適切であると認めるときは、支給決定を行う。

③都道府県知事の指定を受けた指定事業者・施設との契約により障害者福祉サービスを利用する。

④障害者福祉サービスを利用したときは、

・本人及び扶養義務者は、指定事業者・施設に対し、サービスの利用に要する費用のうち本人及び扶養義務者の負担能力の応じて定められた利用者負担額を支払うとともに、

・市町村は、サービスの利用に要する費用の全体額から利用者負担額を控除した額を支援費として支給する(ただし、当該支援費を指定事業者・施設が代理受領する方式を採る)。

 

また、実際に支給決定を行うのは、これまで都道府県がその役割を担っていましたが、市町村に権限が移換されました。

 

つまり支援費は、介護保険制度とかなり近い利用契約制度でしたが、根本的に介護保険制度と異なる部分がいくつかありました。

 

その最大の違いは、介護保険は「保険料+税」でしたが、支援費は「税財源のみ」であった、という点です。

 

多くの人が高齢者になると介護サービスを必要とするリスクが高まります。そこで、そのリスクに対して保険制度で保障しようとするのが介護保険制度です。

 

一方、障害は、誰がなるか予測不能なデインジャーであり、そうなった場合の保障はセーフティーネットとして国が保障すべきだ、という考え方が支援費制度です。

「リスク」と「デインジャー」とは?

共に「危険」を表す英語表現ですが、リスクとはある程度、確率論的に予想が可能な危険、それを時には自由意思で避けることも可能な危険なこと、その一方でデインジャーとは、予想や予見ができない危険、のことを指します。誰しも高齢者になり、要介護状態になることは予想が可能ですが、いつ・どのような形で障害をもつかは予想も予見もできないことなのです。

 

そのため、支援費制度では負担能力に応じた利用者負担(応能負担)であり、支給決定の際はサービスの必要性を市町村と利用者が話し合って決める、というモデルでした。

 

その後、この支援費制度は、開始早々財源問題でつまづいてしまうのです。

 

応能負担と応益負担の違い

応能負担とは、利用者が所得や能力に応じてサービス費用を負担することです。一般的に社会保険の保険料はこの方式によって徴収されています。

 

それに対し、応益負担とは、サービスの利用料の一定割合を利用者が負担することです。現在の介護保険サービスや障害福祉サービスは、原則としてこの応益負担とされています。

 

応能負担を推進することにより、マクロの視点においては国の財源不足が問題となります。一方、応益負担を加速させると、逆にミクロの視点において、個々人の負担額が問題となる傾向にあります。

 

そのため、現在では、各種の負担軽減措置を取り入れることにより、応益負担に応能負担の要素を取り入れていることが一般的です。

 

支援費制度の問題点

「支援費制度」が始まる直前に大きな問題が生じました。

「支援費制度」について、厚生労働省が身体・知的障害者が受けるホームヘルプサービスの時間数 などに「上限」を設ける検討を始めていることが分かった。

(略)

身体障害者が受けるホームヘル プサービスは月120~150時間程度、知的障害者が受けるホームヘルプサービスは重度が月50時 間、中・軽度が月30時間程度の上限を設定するなどの案が浮上している。これが実現すると、全面介助が必要な身障者でも、原則1日4~5時間程度しかサービスを受けられなくなる。

(略)

厚労省障害保健福祉部は「支援費制度の開始でサービスの需要が増えることが予想され、無制限に 支援費を出して予算をパンクさせるわけにもいかない。目安としての上限を設けることを検討しているが、具体的なものはまだ白紙段階だ。28日に開催予定の全国担当者会議までに、結論を出したい」と説明している。」

※引用元:『毎日新聞』2003年1月10日

 

措置時代には、重度障害者の支援は入所施設で行う前提でした。

 

長時間介護が必要な重度障害者が在宅生活を送ろうとすれば、

・自治体と交渉して介護時間を増やす

・長時間介護を保障する自治体に引っ越す

・家族やボランティアの介護を受ける

という選択肢しかありませんでした。

 

しかし、支援費では、介護保険と同様の利用契約制度が導入されました。

 

そこで厚生労働省はホームヘルプサー ビスのニーズの急増→「予算のパンク」を懸念し、国が財源支出する部分に関する時間数=金額の「上限」を設定しようと考えたのです。

 

障害者団体の激しい抗議活動などもあり、その後、厚生労働省は上限設定の検討を撤回することになりました。

 

しかし、その後「予算」と「制度」を巡る議論は急展開していくこととなります。

 

介護保険制度との統合論

これまで、在宅のホームヘルプサービスや移動支援、あるいは障害児のデイサービス等は 、ニーズがあってもサービス事業所もなく、自治体も措置決定しなかったので、ニーズが顕在化することはありませんでした。

 

要するにサービスが抑制されていたのです。

 

しかし、支援費制度開始直後から、利用者の選択に基 づく契約制度の中で、在宅サービスを中心に支給決定が急増することになります。

 

1年目では、在宅系サービスを中心に100億円規模の予算超過となりました。

 

これは、利用者にとっては我慢していたサービスが使えるようになった、という証拠でもあります。

 

しかし、時期が悪すぎたのです。

 

当時の小泉政権は、国の借金を減らすための構造改革を行なっており、社会保障費の年間2200億円の圧縮が至上命題とされていた。

 

その中で、「予算がパンク」したと考えた厚生労働省は、財源の安定化を目指して、大規模な改革を目論んだのです。

構造改革とは?

当時の小泉首相は、2001年の就任直後の所信表明演説において、「『構造改革なくして日本の再生と発展はない』という信念の下で、経済、財政、行政、社会、政治の分野における構造改革を進めることにより『新世紀維新』ともいうべき改革を断行したいと思います」と宣言し、歳出削減対象として、社会保障やODA(政府開発援助)といったこれまで「聖域」と言われた領域の予算削減も行いました。

 

5年に一度の介護保険制度の見直しの時期でもあった2004年春、介護保険制度に障害者の介護のサービスを組み入れる素案を、厚生労働省は打ち出しました。

 

介護保険料を40歳から20歳に引き下げることにより、介護保険料収入という独自財源が大幅に増え、介護保険も含めた財源の安定化にも役立つ。

 

また、支援費制度から取り残された精神障害者の地域生活支援も、「介護」という共通項目で括って提供したい、という意図もあったようです。

 

しかし、開始から1年しか立たず、利用者の満足度も高い支援費制度が、単に財源問題「だけ」で介護保険制度に吸収合併されることに対して、障害者団体の中には強い反対意見を持つ人も少なくありませんでした。

 

また、当然、自治体や関係団体も拙速な改革へは反対の意向を示しました。

 

そこで、介護保険との2005年の段階での統合を見送りましたが、将来的な介護保険との統合を見越した、介護保険制度によく似た、新たな制度を描いたのです。

 

それが、「障害者自立支援法」です。

 

障害者自立支援法とは?

2005年に成立した「障害者自立支援法」は、介護保険制度との将来的統合を見込んで制度設計されていました。

 

具体的には、以下の3点です。

①利用者の原則1割負担制度を導入したこと

②要介護認定をベースにした障害程度区分に基づく支給決定を行うこと

③介護保険と共通項のあるサービスを「介護給付」、障害者支援に特有のサービスを「訓練等給付」とし、障害者の地域生活支援に必要な移動支援や相談支援、コミュニケーション支援は「地域生活支援事業」という括りにしたこと

次にこの3点の特徴を述べていきます。

 

①利用者の原則1割負担制度

障害という予測不能なデインジャーについては税負担で支える必要性があるとする立場から、 支援費制度では負担能力に応じた利用者負担(応能負担)でした。

 

しかし、その後厚生労働省は、 財政削減が叫ばれる中で、「利用者も応分な負担をしないと国民の納得が得られない」とスタンスを変え、介護保険制度と同じようにサービス利用料の1割を負担(応益負担)する原則を持ち込んだのです。

 

②障害程度区分に基づく支給決定

利用料1割負担の導入と共に、サービス支給決定の仕組みが大きく変わりました。

 

それまでは自治体の担当者によるアセスメントで支給決定がなされていましたが、介護保険同様、「全国一律の支給決定の仕組みが必要である」とスタンスを変え、要介護認定をベースに作られた障害程度区分と二次審査会、という支給決定方式を採ることとしました。

 

③介護給付、訓練等給付、地域生活支援事業

支援費時代の課題であった精神障害者の福祉サービスも同じく自立支援法に入れるため、これまで三障害でバラバラだった施設体系を再編しました。

 

その際、介護給付と訓練等給付は個別給付とし、地域生活支援事業は統合補助金事業とされました。

統合補助金事業とは?

国の財源支出の一方式。個別給付とは違い、個別のサービスに所要な額に基づく配分は行わず、現在の事業実施水準を反映した基準による配分(事業実績割分)と人口に基づく全国一律の基準による配分(人口割分)を組み合わせた配分類を、市町村に一括して交付しています。市町村はその予算の使い方に一定の裁量権を持つ一方、当事者が求める必要な額が確保されない、という問題点もあります。

 

また、この3点以外にも、

「日中活動の場と生活の場の機能分離」をすることで、利用者の選択可能性を増やし事業展開もしやすくなったこと、

「就労支援の強化」によって、就労系サービスを増やし、工賃向上も積極的に目指したこと、

「障害者自立支援協議会」の創設によって、市町村や圏域単位での地域課題を解決する官民協働の議論の場を作り上げたこと、

などが自立支援法の目玉として打ち出されました。

 

自立支援法をめぐる賛否

しかし、介護保険との将来的統合をもくろんだ上記の3点は、障害者自立支援法の原案が出たときから、賛否をめぐる議論が続きました。

 

①に関して、「介護に関する共通部分は介護保険を使い、それに上乗せして障害者サービスを提供する方が、財源的にも安定するので良いのではないか、そのためにも介護保険に似たシステムや費用負担の在り方も必要だ」、という賛成意見が聞かれた一方で、サービスを受けるのは「利益」なのか、という立場からの反対意見も続いたのです。

実際、自立支援法がスタートした後、利用控えなどの問題が表面化し、その後、厚生労働省は度重なる減免措置を講じて、結果的に「実質的な応能負担状態」となります。

 

②に関して、支援費制度が始まった後、一部自治体がアセスメントを適切に行わなかったため過度な支給決定が行われた、という実態もありました。

そのため、介護保険の要介護認定のような全国共通の尺度で、かつ予算上限とも連動するような仕組みを厚生労働省は求めました。

一方、要介護認定はそもそもADLしか判定できないため、知的障害や精神障害を計る基準として相応しくない、という批判も当初からありました。

実際、自立支援法施行後も、知的障害で3割、精神障害で5割が二次審査会で区分変更する、という精度の悪さがあったのです。

 

③に関して、国は個別給付=義務的経費化により、「障害者支援を安定的に行える」と謳っていたのです。

「個別給付」と「義務的経費」とは?

個別給付とは、そのサービスが必要な人に個別にサービス給付がなされること。ある人が個別給付のサービスを受けることが認められた場合、そのサービスに所要な額を国・都道府県・自治体が分担して必ず支払う必要性が生じます。このように支払義務がともなう給付のことを「義務的経費」のサービスと呼んでいます。障害者自立支援法では「自立支援給付」とも言われています。

 

しかし、実際にはホームヘルプサービスでも、障害程度区分に基づく国庫負担基準の枠内、という実質的な「上限」は残ったままでした。

国庫負担基準とは?

国の財源(国庫)から支給する金額(負担)の上限(基準)。介護保険では要介護5で月額365,000円という上限が、区分6の重度訪問介護は月額440,000円が上限となります。その金額では、1日8時間以上の介助をまかなうことができませんが、その場合は都道府県や市町村の財源からの持ち出しとなります。

 

この3点の問題は、自立支援法の原案が出た2004年から繰り返し批判されてきましたが、厚生労働省はその批判の声に耳を傾けることなく、強行突破的に制度を施行したのです。

 

そのため、障害者団体の反対運動は、やがて障害者自立支援法違憲訴訟へと発展していくこととなります。

 

障害者自立支援法違憲訴訟

2008年10月、全国8地裁29名の障害当事者らが、障害を理由とした支援サービスの1割を強要する「応益」負担は、生存権や幸福追求権の侵害であり、憲法に違反すると一斉に提訴しました。

 

最終的には全国14の裁判所で71名の原告団が訴えを起こしました。民主党政権への政権交代後、自立支援法を廃止するための大きな原動力となりました。

 

障がい者制度改革

自立支援法を巡る混乱から、大きく方向性が変わるのが、2009年の政権交代です。

 

民主党政権発足後の2009年12月、首相を本部長とする障がい者制度改革推進本部が立ち上がり、内閣府に障がい者制度改革推進会議が置かれることになりました。

 

この推進会議は、構成メンバーの過半数が障害者・家族、という日本の障害者政策で初めての当事者主体の会議となりました。

 

また2010年1月、障害者自立支援法違憲訴訟において、国は基本合意文書を取り交わし、和解をしました。

 

その中で、国(厚生労働省)は、速やかに応益負担(定率負担)制度を廃止し、遅くとも2013年8月までに、障害者自立支援法を廃止し新たな総合的な福祉法制を実施することを約束したのです。

 

また、現行の介護保険制度との統合を前提としない、という事も確認されました。

 

(基本合意文書等 ※厚生労働省ホームページ)

 https://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/minaoshi/02.html

 

この障がい者制度改革の中で3本柱として目指されたのが、

・障害者基本法の改正(2011年)

・障害者総合福祉法(仮称)の制定(2012年)

・障害者差別禁止法の制定(2013年)

の3つの法制度化です。

 

国連障害者権利条約の批准、及び自立支援法の廃止を見据えて、先述の推進会議で基本法改正の議論が進められると共に、推進会議の下に作られた総合福祉部会では障害者総合福祉法(仮称)の制定を、同差別禁止部会では差別禁止法の制定に向けた議論が進められました。

 

障害者基本法の改正

改正された「障害者基本法」は、障害者権利条約の考え方を大きく採り入れた内容になりました。

 

第1条の目的で「全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会を実現する。」ことが謳われました。

 

第2条の定義で障害は「障害及び社会的障壁により継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける状態にあるものをいう」とされました。

 

「社会的障壁」による「制限」という考え方は、障害者権利条約や障害の社会モデルの考え方に基づいています。

 

地域生活については、第3条2で「全て障害者は、可能な限り、どこで誰と生活するかについての選択の機会が確保され、地域社会において他の人々と共生することを妨げられないこと」とされました。

 

これは障害者権利条約第19条の考え方をそのまま採用したものです。

 

ただ、推進会議では当初入っていなかった「可能な限り」という表現が、官僚側の強い要望により入れられました。

 

これは一種の免責条項とも言われています。

免責条項とは?

免責とは、もともと「責任を問われるのを免れること」という意味。つまりそれを法律や契約などの条項に盛り込むことにより、公的に責任を回避する、という意味合いとなります。「可能な場合」という表現は、「できる限りの努力はしたが、結果として実現できなかった」という結果が生じても、国はその責任を負わない、という表明にもなり得るという点で国の責任回避、とも言われています。

 

また、第3条3では、「全て障害者は、可能な限り、言語(手話を含む。)その他の意思疎通のための手段についての選択の機会が確保されるとともに、情報の取得又は利用のための手段についての選択の機会の拡大が図られること」とされ、手話を言語として認めると共に、コミュニケーションの権利保障を定めました。

 

教育については、第16条で「可能な限り障害者である児童及び生徒が障害者でない児童及び生徒と共に教育を受けられるよう配慮」という表現が入り、インクルーシブ教育に向けた方向性が示されたが、一方ここでも「可能な限り」という表現が入れられました。

 

さらに、障害者基本計画の実施状況を監視し、必要に応じて関係各大臣に勧告を行う「障害者政策委員会」を内閣府に置くこととされました。

 

これは障害者権利条約が求めるモニタリング機関と位置付けられています。

障害者権利条約が求めるモニタリング機関とは?

障害者権利条約第33条では、「この条約の実施を促進し、保護し及び監視(モニター)するための枠組み」の設置、及び「障害のある市民社会(特に、障害者及び障害者を代表する団体)は、監視(モニタリング)の過程に十分に関与し、かつ、参加する」ことを求めています。障害者政策委員会はこの第33条の条件を満たすためのモニタリング機関、とも言われています。

 

新法の「骨格提言」とは?

障害者自立支援法を廃止し新たな総合的な福祉法制を作るため、推進会議の下に作られたのが「内閣府障がい者制度改革推進会議総合福祉部会」です。

 

この総合福祉部会は、自立支援法制定時に賛成・反対に分かれた障害当事者・家族・支援者が再び同じテーブルに着き、権利条約批准に合わせて新たな法制度を作る、という目的で開かれました。

 

2011年8月にまとめられた新法の骨格提言は、自立支援法の問題点を整理した上で、目指すべき方向性を、

① 障害の無い市民との平等と公平

② 谷間や空白の解消

③ 格差の是正

④ 放置できない社会問題の解決

⑤ 本人のニーズにあった支援サービス

⑥ 安定した予算の確保

の6点に整理しました。

 

この骨格提言の内容は、障害者自立支援法の課題を浮き彫りにすると共に、現実的にどう制度を変えられるか、を具体的に提起した画期的な内容でした。

 

以下、6点の内容を具体的に解説します。

 

①障害の無い市民との平等と公平

障害者権利条約では「他の者との平等を基礎として」とう表現が繰り返し出ており、新たな障害者福祉サービスも当然この原則に従う必要があります。

 

②谷間や空白の解消

難病患者は制度の「谷間」として障害認定がされにくいこと、また障害児の放課後支援や、退院・退所後の支援など制度の「空白」に関する支援を重点的に行わないと、「他の者との平等」は実現されません。

 

③格差の是正

自立支援法下でも解消されなかった、「拡大した障害種別間によるサービス格差や市町村格差を是正することが求められました。

市町村格差とは?

市町村間で障害福祉サービスの提供内容に差があるということ。その最大の理由は国庫負担基準という財政制約です。例えば、24時間ヘルパーによる支援が必要な人がいたとします。重度訪問介護の上限である月44万円を超えても、東京都のある自治体なら、独自の加算をするので、24時間のヘルパーがつけられます。一方、山梨県の別の自治体は、財政的余裕が無いので、基準額以上の持ち出しをしない、という市町村格差が今なお残っているのです。

 

④放置できない社会問題の解決

入所施設や精神科病院への「社会的入院・入所」の問題は、先進国の中でも異例の事態であり、権利条約19条にも反することから、地域基盤整備10カ年戦略という地域支援の底上げが盛り込まれました。

 

⑤本人のニーズにあった支援サービス

介護保険との統合を前提としないのだから、障害者のニーズアセスメントのやり方は、現行の障害程度区分から協議・調整モデルに見直す方向性も打ち出されました。

ニーズアセスメントとは?

障害者が求める支援ニーズを評価(アセスメント)すること。支給決定プロセスにおいては、公平性を担保するために全国共通の指針(手帳、障害程度区分)によりサービスを受ける第1類型(独、仏、日)と、ソーシャルワーク、チームアプローチ、全体を勘案してプランニングを行う第2類型(英、スウェーデン、西オーストラリア)の二つのニーズアセスメントがある、と言われています。

協議・調整モデルとは?

現行の障害程度区分は「できる・できない」の評価、という医学モデル的な側面が強くあります。しかし、人間のニーズを客観的に計れる、というのは幻想です。入所施設に暮らす人も、地域で暮らしてみれば、別のニーズが生まれてきます。このような、生成変化するニーズを本人から引き出し、本人と共に「ありたい理想像」と、そこに到達するための方法論を探り出す社会モデル的な評価が協議・調整モデルです。

 

⑥安定した予算の確保

国庫負担基準という実質上限の撤廃と、OECD平均並み予算確保を求めることが謳われました。

 

障害者総合支援法の発祥

総合福祉部会の「骨格提言」を受けて、2012年2月、厚生労働省は障害者自立支援法を廃止し新たな総合的な福祉法制を実施するための法律案骨子を示しました。

 

しかし、それはたった4ページほどの空疎な内容だったのです。

 

理念目的に障害者基本法の改正案と同様の社会モデルの考え方を入れ、また法の名称は「障害者総合支援法」と変えることにしました。

 

そして、障害の範囲に加える難病の対象拡大を盛り込み、グループホームとケアホームを一元化することも盛り込みました。

 

しかし、それ以外の部分は全て「法の施行後5年を目途に検討する」という「先送り」とされました。

 

120ページを超える「骨格提言」は、たった4ページの「厚労省案」に矮小化され、内閣府の委員会による提言を、厚生労働省は事実上、葬り去ったのです。

厚生労働省案は、これまでの障害者制度改革推進会議およびその中に設けられた総合福祉部会で1年半にわたり検討されてきた新法の骨格提言からすると極めて不十分な内容であるとして、総合福祉部会でも委員の多くが反発。厚生労働省側は、骨格提言は段階的、計画的に実施していくと述べたのに対して、それならば実現にむけてのプロセス、工程表を丁寧に示すべきとの意見も出されました。政府、厚生労働省は今後与党民主党内の障がい者WTと総合福祉部会三役との懇談をふまえて、法案提出の準備をすすめていく意向を示しました。

引用元:一般社団法人 日本難病・疾病団体協議会(JPA)のホームページ

 

その後、「重度訪問介護の対象拡大」「法の施行後3年を目処とした見直し」という一部分の修正が加えられたものの、ほぼ厚生労働省原案のまま国会を通過し、2013年4月から、障害者総合支援法がスタートすることになりました

 

今なお揺れ動く「障害者政策」

これまで見てきたように、障害者を巡る政策は、常に様々な利害関係者のせめぎ合いの中から動いています。

 

介護保険との統合や予算的制約を前面に出す厚生労働省、その国の姿勢を「現実的」だと評価・追認する動き、また社会モデルの観点から国の姿勢に批判的な動き、そして立法府である国会における各政党間の駆け引きや厚生労働省・障害者運動のロビー活動の動き等々。

 

これらが重なる中で、障害者政策は常に揺れ動いているのです。

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